外面的に生きる 2日目

朝行ったシェイプアップ体操により、少し思考力が下がった状態で仕事をした。はっきりとは覚えていないが、VitaminCを2500mg, ナイアシンを500mg摂取した。ほか、DMAE1錠、亜鉛1錠。Testoteron氏は筋肉痛を生きる実感と呼んだが、苦痛によって呼び覚まされるほど自分の生存の実感は胡乱としてはいない。夜、柔軟体操を行い、全身の力を抜く。

 

相変わらず天候は不順であり、先程当地方では大雨洪水警報が出た。吉本の社長が世間の不評を買いつつ会見をした。参院選増税は確実な情勢。WSJの翻訳記事を上司が切り抜いて持ってきた。米国のスタートアップが類似サービス同士で食い合っていると言うものだった。

外面的に生きる 1日目

内面を探ることにうんざりした。自分についても他人についても。気持ちなんていう得体のしれないものをつかもうとするよりも、確たる実体のある外面を重視していきたい。具体的に言うと、体重、胸囲、腹囲、白髪の本数、体臭、口臭、肌の艶、何を食ったか、何を見たか。それだけで人間は決まる。他人から確認しうるものだけを関心事として生きていく。まずは肉体の改造から始める。1ヶ月のシェイプアップとストレッチをプログラムに組み込んだ。また、やや気まぐれに摂取していたサプリを厳格に一日量を決めて飲んでいく。自分が外面的に変化する時に、内面とやらが果たして影響を受けるものかどうなのか。それは敗北か、勝利か。

 

今週は京都のアニメ制作会社に放火され34人が無くなった。ジャニーズや吉本での不祥事、参院選。韓国への圧力。DRAMの値上げ。日照時間の極端に少ない7月。

外に出てみる。この時期らしからぬ重たい雲の下で生ぬるい風が吹いているほかは、何事もない7月の街角である。

6/2 雑記

日記というものが続いた試しがない。数日、長くても数週間書いてはやめ、そしてある時また思い返して書く、みたいなことをしてきた。飽きっぽい三日坊主というのももちろんあるが、何より大きいのは自分というナメクジのようなものが這い回った跡が残るのが忌まわしい、というものだろう。どんな文章でも、自分が過去に書いたものはすごく醜く感じる。特に日記のように身辺雑記や感情に立ち入った文章の臭気は耐えられない。しかしながら、他人の日記を読むのは好きだ。twitterのなんてことはない、主婦の雑記アカウントなど、リストに入れて眺めている。今日こんなん食べたよ〜とか、うちの猫見て!みたいな毒にも薬にもならないような投稿は見ていて飽きない。別に意地悪な気持ちで、あら捜ししようとしてみているのではなく、「なんの変哲もない穏やかな日常」というものに憧れを持っているのだ。自分も端から見れば、そういう平凡な一市民の生活を謳歌しているにもかかわらず、自分にはこういう生活は全くふさわしくない場違いな思いがいつもしている。これは自分の中でいつまでもわだかまっている問題を無視し、平気なふりをしてきた悪癖に端を発している。そんな間に、世帯を持ち、来年息子は小学校というところまで時間は進んでしまった。時は尽きようとしている。

2018/11/27 8:40

朝が来た。だるさが軽く体に残る。しかし、気分はそんなに悪くない。だるさの源はおそらく一昨日の運動のせいであって、回復途上のだるさ、と言った感じだ。職場について今日何をなすべきか考える。客先とのやり取り。もしかしたら件で有償対応になるかも知れぬ。上司に経緯を説明し、客先に打診しなければならないかも知れぬ。とりあえずは相手の出方次第である。そう言えば藤原定家全集を図書館で借りてきたのでこれからちびちび読み進めるつもり。風景と心象との垣根を壊し、夢か現かの儚い幻の旅に出よう。